クリスマスのきせき
それは12月25日、いたるところでクリスマスソングの流れる、そんな日のことだった。
静かな店内は、そんな外の様子とは関係なく、いつもと変わらない。いや、カウンターの上にはクリスマスをデザインした砂時計の飾りがある。上から落ちてゆく白い砂は雪なのだろう、下のツリーに降り積もっていく。ホワイトクリスマスのイメージだ。
と、店のドアが勢い欲相手、外の冷たい空気が流れ込んできた。
「お願い! 私を過去に連れてって!!」
入ってくるなりそう叫んだのは、ウェーブがかった茶髪を北風になびかせた、17、8の少女だった。
「ねぇ、ここって"時間屋"よね?」
私はちょっと心配になって目の前に立っている男の子に訊く。
「えぇ、そうですよ」 ニコニコした顔の少年は答えた。「誰かに聞いたんですか?」
「友人からよ。彼女は友人の知人辺りから聞いたって言ってたわ。ところで、このお店の店員はどこに居るの?」
「……店員ですか?」 少年は少し苦笑してからこう言った。「僕がそうなんですけど」
えぇ――っ!? どう見ても中1かそこらくらいにしか見えないのに!
……そう思ったのがはっきりと顔に出ていたらしく少年はニッコリ笑っていった。
「あのですね。僕はあなたより年上なんですよ。それよりも、あなたの願いについて詳しく教えてくれませんか?」
いや、『詳しく教えてくれませんか?』って、言われても、私より年上だって言うことの方が気になるって。ど〜みたって
中学生の男の子が私より年上なんて、いくら童顔でもさすがにそれはないだろう。背だって低いし……。いったい何歳なんだろうか?
「ねぇ、君何歳なの?」
「秘密です」 少年は、私の好奇心丸出しの質問をさらっとかわした。「ところで、さっき過去へ行きたいというような事を
いってましたよね?」
「そうなのよ!!」 あやうく本題を忘れるとこだった……。「私、3ヶ月前の9月25日へ行きたいの! どうしてもなのよ、お願い!!」
「『お願い』といわれましても……。理由がわからないことにはどうしようもありませんよ。始めからきちんと話してください」
私としては『いいですよ』、って即答してほしかったけど……、そううまくはいかないのか。まぁ、少年の言っていることも、もっともだしね。店員には見えないけど、この落ち着きようはそれっぽい。この少年に話しても大丈夫だろうと見当をつけ、私は過去へ行きたいわけを話すことにした。
「あのね、わたしにはとっっっても素敵な彼氏がいるの!! 海影秋夜っていう綺麗な響きの名前でね、背はすらりと高くって、整った顔立ちで、優しげな瞳が彼の性格を物語ってるの! それでもって少し長めのさらっとした黒髪は私よりも綺麗で、同い年なのに大人びているところが頼りがいがあって素敵なのよ♪ でね、他にも―――――」
「あの、」 私が秋夜君の素敵さについて更に語ろうとしたら、少年がそれを止めた。「あなたの彼がとても素敵だといいたいことはよくわかりましたから……」
「あ、ゴメン」 またまた本題から外れかけていた。「えぇと、その秋夜君がね、急にいなくなっちゃたのよ。まるで神隠しにでも遭ったみたいに。、ふっと消えちゃったの。それが9月25日でね、その日は秋夜君の誕生日なの。私たちデートする約束してたのに、それをすっぽかしてまで消えてしまう理由なんてどこにもないはずなのよ。なのにどうしてかしら……。私、その日からずっと探してるのに、手がかりも何もまったくなくて、聞き込みまでしたのに何もわからなくって。だから、"時間屋"の噂を聞いて思ったの。本当にそんなところがあるんだったら、あの日に戻って秋夜君がいなくなった原因を探してやるって」
少年は笑みを絶やさぬまま、私のわかるようなわからないような説明を聞いていた。プロだわっ、と少し感心してしまう。
「あ、そうそう。自己紹介してなかったわね。」 ふと思いついていった。「私、深海潤って名前よ。秋夜君とは海つながりなの♪」
「僕は遊馬渡稀ですよ。……ところで、深海さんは、あなたの彼――――海影さんがいなくなった理由に"誘拐"というのは考えなかったんですか?」
少年は私がまったく考えなかったことを言った。……といってもそれは私が考えなしだからじゃない。
「秋夜君は、剣道でインターハイ3位取っちゃうくらい強いのよ! いくら秋夜君が素敵でも、そう簡単に連れ去られたりしないわ」
そう断言した私に、少年――トキ君はニッコリと笑いかけた。
「思いの強さは十分すぎるくらいあるみたいですね。それに、……その理由なら、あなたを過去へ連れて行っても大丈夫でしょう」
「え!? ホント!?」
あんまり嬉しくって、声が裏返ってしまった。思いもしないことを言われたし、ホントを言うと、"時間屋"だなんて夢のようなお店があるだなんて信じ切れていなかったのだから。
……ところで、何で『私を連れて行っても大丈夫』なんだろう? ちょっと気になった。
「普通はこんなことしませんよ。過去へ行きたいという方は結構いますが、実際それを叶えたのは片手で数えるほどしかいないんです。過去へ行って歴史を変えてしまうと大変なことになってしまいますからね。」
……なるほど。ま、私の願いじゃ歴史なんて変わらないだろうしね。……あ、だから"大丈夫"なのか。
「ね、トキ君。私を過去に連れて行ってくれるのよね? だったらお願い、早くして!」
私は逸る心を抑えきれず、ついあせってしまう。
――秋夜君を早く探し出して、会いたい。
私の心の中でその気持ちが一番強くあるのだから。
「あせらないでください。深海さん。――あなたはこの店について、どれくらい知っているんですか?」
トキ君は落ち着いた声で私に聞いた。
そのおかげか、私のあせりも少しは落ち着く。
「えっと……どこまでって言われてもね。友人が行ってたのは、この店は"時間についての願いを叶えてくれる店"だってことと、"人間の時間の砂時計がある"ってことと、"必要としている人にしか見つけられない"ってことだったと思うわ」
指折り数えながら、友人が何を言っていたのかを考える。たぶん、まとめると、この3つになる。
「まぁ、それくらい知っていたら、いちいち説明しなくても構わないでしょう。――深海さん。周りの砂時計のなかから自分のを探して下さい。」
……本当に何も説明していない。『まわりの砂時計から自分のを探せ』って言われても、わかるわけないじゃない……。どれが自分のかわからないうえに、砂時計の数自体ものすごく多いのだから。
そんな私の思惑を見透かしたかのようにトキ君はいった。
「それがあなたのかは、あなた自身が知っていますよ。たとえ他にたくさん砂時計があったとしても、あなたにはわかるはずです」
そういわれると、私は信用するしかない。
まわりの棚にある砂時計を見回す。今まで注意を払っていなかったからわからなかったが、かなりの量がある。しかも砂の色はそれぞれ少しずつ違っているみたいで、緑っぽいのから赤っぽいのまで、いろいろある。綺麗だな、と思いつつ、棚を眺める。
――ふと1つの砂時計が目に止まった。
深い深い海の色なのだけれど、冷たい感じじゃなくて、暖かく包むような蒼い海の色の砂時計。これが私のなんだ、と直感的に思った。
「それみたいですね」
いつの間に取りだしたのか、トキ君は銀色の砂時計を片手にいった。
「さぁ、過去へ行きましょうか」
「どうすればいいの?」
私は海色の砂時計をカウンターに置く。
「過去へ行くのは簡単なんです。自分の砂時計を逆さにすればいいだけですから。――あ、まだ逆さにしないでくださいね。大変なことになりますから。」
……もう少しで逆さにしてしまうトコだった。でもなんで『大変なことになる』んだろう? 過去に行くだけなんじゃ?
「ただ逆さにしただけだと、時間の中に閉じ込められてしまうんですよ」
トキ君が私の疑問に答えるように言った。……でも、説明になってない気がする。
まぁ、そんな些細なことはどうでもいいか。
「その銀の砂時計はそれと関係あるのね?」
「えぇ、そうです。これがあれば、砂時計をひっくり返してもちゃんと戻ってこれるんですよ。あなたの砂時計を逆さにすると同時にこれも逆さにするんです。この銀の砂がすべて落ちる前に元に戻せば、現在へ帰ってくることができます」
へぇ……。なんとなくわかったけど、この砂時計がそんな便利(?)モノだったなんて。
よく見ると、まわりにある"人間の時間の砂時計"より一回り小さい。その上、綺麗な細かい細工がしてあってカワイイ。
「深海さん、過去へ行くんでしょう?」
私は大きくうなずく。
「3、2、1、でひっくり返してくださいね」
「わかったわ。じゃあ、私が言うわね」
深呼吸をしてからカウントする。
「3、2、1、」
――――私たちは同時に砂時計を逆さまにした。
いつの間にか私たちは小さな公園に立っていた。ここは確かあの日待ち合わせをしていた公園だ。
どうやら本当に9月頃にきたらしい。周りに植えてある木は紅葉しかけだし、私はコートを着ているから、ちょっと暑い。脱いだらちょうどいい暖かさだった。
……あれ? 私、あの砂時計を持ってないけどどこへ行ったんだろう。
それをトキ君に言うと、「あれは過去へ持ってくることができないんですよ」 という返事が返ってきた。
「深海さん。これからどうするのか考えていますか?」
トキ君が痛いところをついてきた。よく他人から『計画性がないよね』っていわれる私がそんなことを考えていたはずがない。
「えぇっと……う〜ん、そうねぇ……。あ。秋夜君のトコに行って彼の行動を見張るってのは?」
「……それ、一歩間違えたらストーカーですよ」
「えっ? いや、全然違うわよ! こういうのは"尾行"っていうんだから!! 目的がまったく違うのよ!」
まったく、トキ君てば何てことをいうんだろう。これ以外に良い方法が思い浮かばないんだから仕方ないじゃない。
……どうやらトキ君もそう思ったらしかった。
「まぁ、その案で妥協しましょう。でも、リミットは6時間ですからね。それまでに手がかりがつかめなくても帰りますよ」
「それは大丈夫よ」
私は公園の隅にある時計を指差す。
「今は12時過ぎでしょ。トキ君に言ってなかったけど、私12時くらいに一回秋夜君に電話かけたのよね。その時は彼、家にいたのよ。で、待ち合わせは1時半だったんだけど、なかなかこないから心配になって電話をかけたのが2時だったわ。そのときはケータイの方にかけたんだけど、全然つながらないの。一応家のほうにもかけてみたけどいなかったわ。だから彼がいなくなったのはその2時間の間のはずなのよ。6時間もあれば充分」
私のスバラシイ論理に、トキ君も納得した様子だった。
「そうですね。まぁ間に合うでしょう」
「じゃあ、今から秋夜君のトコへ行くわよ! 家にいるはずだから」
そしてトキ君をつれて秋夜君の家に向かった。
彼の家は公園は15分程度のところにある。近いのかそうでないのか微妙な距離だと私は思う。
しばらく歩いて私はトキ君に声をかけた。
「ここが秋夜君ちね」
そのままそこを通り過ぎて、斜め前の空き家へ入る。
「何でこんなところに?」
トキ君が聞いてきた。だから私も問い返す。
「だって、秋夜君に見つかったら困るんじゃない?」
「えぇ、一応。けれど見つかる相手が海影さんならまだいいんですが、過去の深海さん本人と会うのは良くないですね。もし会ってしまっても手を触れたりするのは絶対にいけませんよ。タイムパラドックスというのを聞いた事ありませんか?」
「タイムパラドックス?」
……聞いたことがあるようなないような。
けど、なんか説明とかされても難しそうだし……いいや。
「とりあえず、過去の私に会わなかったらいいのよね? 大丈夫、大丈夫。それくらい守れるから」
そういった私をトキ君は心配そうに見た。何でかはわからないけど。
で、私たちはこの空き家から秋夜君の行動を見張ることにした。
といっても今彼は家にいるのだから(確認済)、そこからでた時に尾行すればいいだけなんだけど。
そうして1時10分頃、秋夜君が家から出てきた。
気が付かれないけど見失わない程度に距離をあけてついていく。
どうやら私との待ち合わせの公園に向かっている様子。時間的にもそれくらいだし。
「うーん……。このままいくと何事もなく待ち合わせ場所に着いちゃうよね?」
私はひそひそ声でトキ君に話しかけた。
「確かにそうですね。けど、この日はあなた会ってないんでしょう?」
「そのはずなんだけど……」
そうこう言っているうちにとうとうあの公園の近くの横断歩道まで来ていた。
「あれー? ここまでくれば、もうどうしようもないと思うんだけど」
公園の中に過去の私が立っているのが見える。
あそこからならこっちにいる秋夜君も見えると思うんだけど……。
「あ、過去の深海さんが彼に気づいたようですよ」
ホントだ。けど、絶対におかしい……。
この日は学校が休みだったから、顔をあわせてもいなかったはずなのに……どうして?
過去の私が秋夜君のほうへ駆け寄る。
「……私、この後に起こることがわかるかも」
「?」
過去の私と秋夜君の間には道路。
ここからじゃ見えないけど、右手の方から車がすごいスピードで走ってくるはずだ。
――ちょうど、過去の過去の私とぶつかるくらいのタイミングで。
「深海さん?」
私は思わず走り出していた。
この後に起こることを知っていたから。
過去の私に向かってくる車に秋夜君が気づく。
間に合わないと悟った彼は、過去の私を突き飛ばす。
そして、さっきかこの私がいたところに秋夜君が。
私もそこへ。
秋夜君を庇うようにして………………。
――――――――――――― 一瞬のことなのに、何分も何時間もたっているような気がした。
「……世話の焼ける人ですね。」
そう呟いて、銀の砂時計をひっくり返す。
気が付くと、私達3人はあの時間屋にいた。
「え? なんで秋夜君もいるの?」
そう、ここにいるのは私とトキ君と秋夜君の3人。
当然そんな疑問がわくのだけれど、トキ君はなんでもないことのように答えた。
「深海さんが連れてきたんですよ。」
……どういうことなんだろうか? 私が連れてきたも何も、いつの間にかここにいたんだし、わけがわからない。
「……あのさ、潤。何が起こったのかぼくには全然わからないんだけど?」
秋夜君が困惑したような表情で私に訊いてきた。
久しぶりに聞いた秋夜君の声……素敵ね♪
……って、そんなことを考えてる場合じゃなくて。
「うーん……私にもあんまりわかってはないんだけどね……」
とりあえず、今私が理解できていることを秋夜君に話す。
彼は私の筋道の立ってない話を静かに聴いてくれる。ときおり質問をはさみ、私がわからないことはトキ君が答えていた。
どうやらそれでだいたいの話が理解できたようで、私は秋夜君って頭いいわよね! と感心する。
「ということは、今は12月25日なんだね?」
「そう。恋人達の聖なる日、クリスマスよ! 秋夜君が見つかってホント良かったわ!!」
そういった私に、秋夜君が微笑みかけた。
……キャ――っ!! 最高っ!!!
「えっと……トキ君だっけ。君はぼくがここにいる理由を『潤が連れてきたから』だって言ったよね。あれはどういう意味?」
彼はそうトキ君に問いかけた。
私もそれを不思議に思っていたので、興味をそっちに向ける。
「あぁ、それはですね。本来ならば深海さんと僕だけしか時間の移動はできない筈なんですが、どうも深海さんが海影さんと同調してしまったらしく、深海さんの時間の移動に海影さんを巻き込んでしまったんですよ。こんなことは早々起こるものじゃないんですけどね」
トキ君はニッコリ笑ってそういった。
けど、半ば呆れ混じりな気がしたのは私だけだろうか?
「ところで深海さん。ひとつ気になるんですが、あなたの記憶と実際起こったことに食い違いがありましたよね。なぜですか?」
「あー、そのことね……。私にもよくわかんないんだけど、あの時起こることは知ってたんだから、きっと忘れてただけなんだと思うわ。だって、考えてもみてよ。車にひかれそうになった上、自分を庇ってくれた彼氏は目の前で消えちゃうのよ。ショックで記憶がふっとんじゃってもおかしくないと思わない?」
それが正しいかどうかはわからないけれど、まぁそんなトコじゃないかと思う。人の記憶なんてけっこう曖昧なものだし。
「そんなものですかね……」
トキ君は納得しきれていないみたいだ。
私としては、そんな些細なことはどうでもいいんだけどね。秋夜君はここにいるんだし、結果オーライってことで!
「……結局、誘拐ってことになりませんか? 海影さんがいなくなった理由は」
……そうなるのかな?
なるかもしれない。
私が過去から未来へ誘拐しちゃったってことなんだろうな……。
私はそう思ったけれど、秋夜君はさらっとこういってのけた。
「誘拐って言うのは双方の意志が合致してないものだよ。でも、この場合は潤があそこで助けてくれなきゃぼくは事故にあってたんだ。3ヶ月がどこかへ消えたっていうのはもったいないけれど、結果的には2人に感謝してるからいいんだよ」
さっすが秋夜君ね♪ 秋夜君がいなくなったのは私のせいだったって言うのに、それを笑って許せる心の広さがステキだわ!!
―――――だから私は2人に向かってニッコリ笑って言ってあげた。
「こういうのは"クリスマスの奇跡"っていうのよね♪」
少年は、どうしようもないな、という風に微笑む。
その横で私の彼が「そうだね」 と最高の笑みを浮かべた。
それは私にとって最高のクリスマスプレゼント。
どんな高価な物だって敵いはしない。
――――この日はきっと、それ自体が何よりもステキなプレゼントなのだと私は思った。
外は雪。
はらはらと舞い落ちるそれは何よりも綺麗で、この世の全てを白く覆い隠す。
この日に再び出会えた恋人達は、その雪の暖かさを知る。
カウンターの上に置かれたクリスマスデザインの砂時計は、まるでそれを象徴するかのようだった。
ただゆっくりと、白い砂が緑のツリーの上へと降り積もってゆくばかり。
優しく、そっと、降り積もってゆく…………――――――
―――fin―――