夢幻綺譚 ・ 2
1 ありえることとありえないこと
「まず、大雑把に説明しておくと、南校舎に1、2年の教室。中校舎に3年の教室、食堂、職員室。北校舎に特別教室があって、……体育館とプールは見ればわかるし、ま、こんなもんかな」
まだ始業ベルが鳴るには30分ほど早い、朝7時30分頃のこと。
私は今日転入してきた従姉妹の星輝麻乃に学校の中を案内していた。
「あのー……、いいんですか? 小夜さん……」
麻乃がなんだか不思議そうに私を見て訊く。
「何が?」
「いえ……その、高校ってそんなすぐに編入できるものなんですか? 『ここに転入すればいいんじゃない? って小夜さんが言ったの昨日じゃないですか」
「できるんじゃない? 現にできてるんだし」
私がそう答えたにも関わらず、まだ麻乃は不思議そうな顔をしている。
「そんなことはおいといて。……北校舎から案内するよ。あそこは特別教室ばっかりだから、こんがらがるかもしれないけどね」
北校舎へ向かって歩き出した私に麻乃は慌ててついてくる。私は学校案内を再開した。
――時は少し戻って昨日の昼間のこと――――
日曜だったので家でゆっくりと過ごしていた私は突然鳴った玄関のチャイムの音に少し驚いた。それは普段うちへ来る人があまりいないからだ。
「はい。どちら様で――?」
ドアを開けてみると全然知らない女の子が1人、そこに立っていた。
「あのー……すみません。えっと、あの……水城小夜さんですよね……?」
どうやら向こうは私のことを知っているみたいだ。
「そうだけど……あなたは?」
「私は星輝麻乃といいます。……で、あの……私……、ここに住まわせてもらえませんか……?」
「はぁ?」
思わず間の抜けた声を出してしまった。でも、いきなりそんなことを言われたら、どう対応していいか誰だって困ってしまうだろう。
それに、私は彼女のことは全然知らない。今まであった事はないはずだ。なのに突然こんなこと言われても……。
どうしようもないとしか言いようがない。
とりあえず、私はその子を家に入れて事情を聞くことにした。
その子に言うには――――――
彼女と私は従姉妹で、彼女は今まで祖父と一緒に暮らしていた(両親はかなり昔に亡くなったらしい)のだけど、その祖父もなくなって身寄りが無くなってしまったので、唯一の親戚(らしい)私のところに来たのだということだった。
要約すればそんなとこかな、と私が聞くと、
「はい、そうです。……いきなり押しかけるのはどうかと思ったんですけど、住所ぐらいしかわからなかったもので……」
と彼女は言った。
「ええと。麻乃だっけ? あなた何歳?」
「年ですか? 16、高2ですけど」
「へぇ……。私と同い年か。意外だね」
確かに意外だった。私は中学生くらいだろうな、とずっと思っていたのだが……。
童顔だし、背も150cmも無いくらいだし、何より雰囲気がまだどことなく子供っぽい感じなのだ。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「別にそういう事情があるなら住んでも構わないけど、学校はどうするか決めてる?」
麻乃は虚をつかれた様だった。
「いえ、全然。考えてもなかったです」
「そう。私と同じとこならなんとかなるよ。そうすればいいんじゃない?」
私がそう提案すると、麻乃はすごく嬉しそうな顔になる。
どうやら彼女は感情が表に出やすいタイプらしい。表情も声の調子もくるくるかわる。
……見ていて少し面白かったりする。
「じゃあ、よろしくお願いします!」
……麻乃は丁寧にお辞儀をした。
――というわけで今に至る、と。
一通り麻乃に説明し終えたところで予鈴が鳴った。
一応職員室へは初めに行ったけれど、予鈴が鳴ったらまた来て欲しいと言われていたので麻乃は職員室へ、私は教室へと移動する。
私が教室に入った途端、
「小夜、おはよう! さっきまで一緒にいた子、転入生よね? 親戚か何かなの!?」
クラスメイトの樋口桜が問い詰めてきた。
朝っぱらからハイテンションな人だ、と私は思う。しかもいつもそんな具合だから、ある意味すごい。私には到底真似できないだろう。
まぁ、まねすることもないだろうけど。
「たぶんあの子ウチのクラスよ。2年なんでしょう?」
……ほおって置いてもしゃべり続けるに違いない。
けど、それはさすがにあれなので受け答えくらいはしようか。
「あの子は私の従姉妹で、同じ2年だよ。……同じクラスになるなんて何で知ってるの?」
「んーそれは聞いたのよ。それより小夜。あなたに従姉妹って居たの? 前にそんなのいないって言ってなかった?」
「言ったと思うけど。実は居たんだよ、従姉妹が」
「ふうん、じゃあ今までそのこと、知らなかったのね」
「そうだよ」
と、そこで本鈴がなった。
あわてて席につく。
私は窓際の後ろから2番目で、樋口さんはその隣の隣だ。樋口さんの後ろの席が空いているので、麻乃はたぶんその席になるだろう。きっと樋口さんは真っ先に友達になってくれることだろう。
案の定、麻乃が入ってきて自己紹介を済ませ、席についたとき樋口さんは後ろを向いて麻乃に自己紹介していた。それが終わると麻乃は樋口さんに質問攻めにされている。麻乃は少し戸惑った表情を、担任は少し呆れて表情をしていた。
担任の天地――若い女の先生(といっても20代後半)で後ろで三編みをしている――は、樋口さんに注意するのは無駄だろうと言う事を知っているので、何も言わなかった。
……この分だと、休み時間になったら私も樋口さんの質問攻めに会うことは容易に想像ができた。
「あのー……小夜さん。訊きたいことがあるんですけど……」
昼休み、昼食を食べ終えた時の事。麻乃が私にそういってきた。
樋口さんのおかげで質問されることにうんざりしていた私はいい加減にしてほしいと思ったが、それは麻乃に関係ないので、とりあえず聞いてみることにした。
「聞きたいことって何?」
「……その、この学校の七不思議とかって知りませんか?」
「七不思議……?」
いきなり何なんだ、この子は?
何を訊くかと思えば七不思議だなんて。しかも彼女はすごく真剣そうに言っている。
……そういう話が好きなんだろうか? 意外すぎる気がする……。
「そういうのに興味あるんだ? 残念なけど私は聞いたことないよ」
「そうですか……」
私の答えに麻乃がほんとにすごく残念な顔をするので、私はついつい助け舟を出してしまった。
「……そんなに知りないんなら他の人に訊こうか? そういう事に詳しい人なら知ってるから」
麻乃はそんな一言だけで、もうものすごくよろこんでいる。
「本当ですか!? よろしくお願いします」
そんな風に言われると少し困る。他の人に訊いて、その人も知らなかったらどうするんだろう?
……まぁいい。あいつは絶対に知っているし、知らないとすれば、この学校には七不思議がない、というだけなのだから。
とういうわけで私たちは隣のクラスへ行った。
あいつは隣のクラスなのだ。
「香月、この学校の七不思議って知らない?」
私がそう訊くとあいつ――香月は微妙な不思議そうな表情になった。
「おまえ、そういうのに興味あったのか?」
逆にそう聞かれてしまった。私の質問への答えはどうなったんだ、と少し思うが口には出さなかった。
「興味あるのは私じゃなくて――」私の後ろにひっついてきていた麻乃を示しす。「こっちだよ」
「ん? ……えっと、今日来た転入生?」
香月は少し自信がなさそうだった。
「はい。私、星輝麻乃って言います」
「そう。俺は香月拓弥。よろしく」麻乃に向かってそういった香月は私に訊く。「水城、もう仲良くなったのか? おまえ、あんまりそんなタイプじゃなさそうだけど……」
今のは少し失礼な発言だと思うが否定もできないので、ここは聞き流しておこう。
「香月。麻乃は私の従姉妹なんだよ」と、この辺で話を元に戻ることにする。「ところで七不思議は知ってるの、知らないの、どっち?」
「あー、それか。星輝さんが知りたいのはこの学校の七不思議なんだよな? それだったらもう、すぐに答えられるよ。――この学校には七不思議なんてものはないんだ。星輝さんにとっては残念だろうけど、怪談とかの類も一切なし。俺にとってはある意味そっちの方が不思議でもあるんだけどな」
私としてはあんたの方が不思議だと思うけどね。
だって麻乃が、
「本当にないんですか? 絶対にそうですか?」
と訊いてみると、それに対しての香月の答えは、
「本当に、絶対に、だ。そういう噂があれば俺のところに必ず入ってくるようになってるんだよ」
なんてのだったし。
普通、そんな妙な情報網持ってる人はそうそういないだろう。しかも香月はそこらへんの高校生のはずだ。
……よくわからない人間もいるもんだね、やっぱ……。
「じゃあ、あの……市松人形みたいな女の子の噂とかもないですか?」
私がどうでも良い様な事をなんとなく考えていた時、麻乃がいきなりそんなことを言い出した。
「あの……市松模様の着物をきてて、まっすぐな黒髪が腰の辺りで切りそろえられていて、年は多分私より少し下くらいの……そんな女の子の噂なんですけど……」
麻乃はまるでその女の子を見てきたかのように言う。……いや、ここまで詳しいと、本当に見たとかだったりするかもしれない。
「うーん。聞いたことはないな。この近辺の学校にもそんな噂はなかったと思うけど」
……こいつ、さらっとすごいことを言った気が……。
香月の情報網はそんなに広いのか? 変な奴だ。
「……唄、か」
「?」
麻乃が私のほうを向いて首をかしげた。
「小夜さん、何ですか?」
「別に。それより麻乃、その市松人形みたいな女の子、ってずいぶん具体的だけど、何で?」
「あの……それは……」なんだかすごく言い難そうだ。「あの……なんていうか……」
「見た、とかそういう理由?」
私がそう言ってやると麻乃は少しほっとした表情になった。
「実はそうなんです。……信じてもらえるかどうかよくわからないですけど……」
麻乃が戸惑っていたのはそれでか、と私は気づく。普通ならそんな事言ってもただの想像だとか思われて終わりだろう。
でもたぶん、香月と私は麻乃の言うことを信じるだろう。……つまり2人をも普通ではない、ということだ。
まぁ、それは置いておこう。そんなことよりも重要なのは……。
「麻乃、それって姿をみただけ?」と言う事だ。
「え? はい。見ただけですけど……?」
「そう。ならいいよ」
私はその言葉に麻乃も香月も2人そろって訳の解らないといったような表情になった。
「……小夜さん。何か知ってるんじゃないですか? さっきからなんだか変ですよ」
おや、そうだろうか。なかなかおもしろいことを言う子だな、と私は思う。
けれど私は知らない。麻乃が見た女の子のことなんて。
……何も、わからない。
「私は何も知らないよ。ただその話に興味があるだけ」
私のその返事に麻乃も香月も納得し切れていないようだったけれど、そんなことはどうでもいい。
「……えっと……。星輝さん、その女の子をみたって、いつ、どこで?」
香月が微妙な気まずさを振り払うように、麻乃に向かって聞く。
麻乃は一瞬「え?」と止まって、それから返事をする。
「そうですね……見たのは今朝のことなんですけど。えっと、小夜さんに校舎の中を案内してもらってた時で、あれは……北校舎の渡り廊下の所で、だったと思います。なんか奇妙な視線を感じて、外を見てたんですよ。そしたら……さっき言ったみたいな女の子が立ってたんです。着物を着た人ってあんまりいませんし、変に思ったんです。しかも、その子……なんだか雰囲気が周りと全然違うんですよ。なんていうか……その……怖いというか、何かがずれているというか……そんな感じだったんです」
麻乃はどう言ったら良いのか迷いながらそう言った。
しかし、見たのが私と一緒にいた時だとはね。確かに麻乃が何かに気をとられていた事があったな、と思う。
「うーん……生徒とかじゃありえないよなぁ」
そりゃあそうだろう。そんな着物を着ている様な生徒が居たら誰だって驚くし、すごい噂になっていると思うが。
「だから私、そんな怪談話でもないかなって思ったんですけど……」
「なるほどね。でもなぁ……そんな噂がないのは本当だからな。……うーん、すごい気になる……」
香月は腕組みをして考え込む。
麻乃も首を傾げて考えている。
……今の状況だと考えても何も解りそうにはないが。訳の解らないまま立てた推測なんて、砂上の楼閣に等しい。
私ならそんな事はしない。考えるのは一時中止だ。
「……香月、ちょっと来て」
私は香月を手招きする。
「? どこに行くんだ?」
「いいから早く」
不思議そうに聞いてきた彼の質問には答えず、私は麻乃に向かって言う。
「麻乃、5限始まったら適当にごまかしといてくれる? たぶんすぐには戻れないから」