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夢幻綺譚 ・ 4


3   どうでもいいこととどうでもよくないこと

「小夜さん、今までどこに行ってたんですか?」
 5限が終わり、教室へ戻った私に麻乃がそう声を掛けてきた。彼女は眉をしかめて私の事を見るが、童顔な所為か、むしろ可愛らしく見えた。
「もしかしてサボり? 小夜って意外とマジメじゃなかったのね! 頭の良い人は先生にあんま怒られないし、得ねー」
 麻乃の後ろから樋口さんが嬉々として言う。私は別に真面目ぶってた訳でも、頭が良い訳でもないのだけれど、と思う。
 思うが、わざわざ言ったりせずにおいた。
「サボりかもね。ちょっと保健室に行ってたんだよ、気分が悪くなったから……」
 私は嘘は言っていない。けれど二人は納得出来ていない様だった。
 まぁ、それも当然だろうとは思うけどね。
 麻乃は何だか釈然としていない様子だし、樋口さんは、それは本当なのか、と言う様に私を見ている。
「……樋口さん、ちょっと頼みたい事があるんだけど」
 私はその事をうやむやにするべく、樋口さんに声を掛ける。
「頼みたい事? 小夜が?」樋口さんは、心底驚いたようだった。「珍しい事もあるもんね! 小夜ってそんなタイプじゃないって思ってたけど、今日でイメージ変わっちゃったわ」
 ……樋口さんの中での私のイメージってどんなの何だろう? 少し気になった。
 とりあえず、話をそらすのには成功したらしい。樋口さんは何を頼まれるのかすごい期待しているみたいだし、麻乃はそれを楽しそうに見ている。……私としては、樋口さんは期待しすぎ、麻乃は何が楽しいんだろう、と不思議だったのだが。
 まぁとにかく、二人とも頭の切り替えが早いと言うか単純と言うかで、話をはぐらかしやすい。私としてはとても助かる思いだった。
「で、頼みたい事って何?」樋口さんが訊く。
「この学校の生徒で、ここ20年の行方不明者について」
 私がそう言うと、
「調べれば良いのね?」彼女は私にウインクをした。「オッケー! それっくらいなら明日リストにして持って来てあげられるわ!」


 ――その日の帰り道。
 麻乃は私の所に居候しているから一緒なのは当然だが、何故か香月も一緒に帰っていた。
「星輝さんの居た学校って、七不思議とかあった?」
 ……どうやらこれが目的らしい。
 彼は好奇心たっぷりに、色々と麻乃に聞いていた。麻乃は少し困りながらも律儀にそれに答えていた。まったく、ご苦労なことだ。
 私は2人の会話をただ聞いているだけだったが、なかなか面白い事が分かった。
 麻乃の前の学校には七不思議がちゃんとあって――と言う言い方も変だが――、彼女はそのほとんどに遭遇してしまったらしかった。麻乃はいわゆる "霊感のある人" のようだ。香月はそんな彼女をうらやましそうに見る。
「いいな、それ。俺、そういう話とか好きだけど、実際体験した事って全然無いんだよ。うらやましいな」
「そうですか?」麻乃は不思議なものでも見る様に香月の方を見た。「わたしはむしろ、そんな事無い方が良いと思いますよ」
「何で?」
「だって……そんな事他人に言っても普通信じてくれないじゃないですか。単なる冗談だろうと思われるだけですよ。変な子だと思われたり、ある意味で怖がられたりするんですから。
 ……おかげで、わたし……友達全然居なかったんですよ……」
 麻乃はひどく哀しそうに言った。最後の言葉なんか、風にさえ消されてしまいそうな程小さな声で、私には聞こえたけれど、香月には分からなかった様だった。
 ……麻乃にも色々あるんだな、とそう思った。


「じゃあな。また明日!」「さようなら」「じゃあね」
 香月の家の前まで来たので、彼とは別れる。
 私の家はここからもう少し歩いた所にある8階建てのマンションの一室だ。そこの7階の一番端の部屋に私たちは住んでいる。
 家に着いて一息つくと、不意に麻乃が訊ねてきた。
「……小夜さんって一人暮らしですよね。実家はどこなんですか?」
「実家? うーん、この場合どうなるんだろうね……」
 私の両親は、仕事の都合で外国へ行っていてしばらく帰ってこないし、祖父母もすでに亡くなっているし、そう言う所は無いと言うべきなのだろうか。とまぁ、その辺の事情を麻乃に話す。
「へぇ、そうなんですか。……仕送りとかしてもらっているんですか?」
「してもらってるよ。でも必要最低限でしかないから、バイトもやってるんだ」
 私がそう答えると、麻乃は感心した様にこちらを見た。
「すごいですね」と言うところからすると、本当に感心したのだろう。私としては、何も大した事はしていない、と思うのだが。
「バイトって何をやってるんですか?」麻乃は興味深そうに聞いてくる。
「ある店の店員」私はそれに簡潔に答えた。そして、時計に目をやり時間を確認。「麻乃、私これからバイトだから。留守番頼むね」
「え?」私がいきなり言ったので、麻乃はすぐには反応できなかった。「……あ、はい。留守番していればいいんですね。分かりました」
「じゃ、任せたよ」私はそう麻乃に言い置いて、家を出た。


「いらっしゃ……あ、小夜ちゃんか」
 私が店のドアを開けると、レジのところに居た来崎さんが客と勘違いしたらしく『いらっしゃいませ』と言いかけた。彼女はここで働いている20代半ばのお姉さんだ。私よりも背が低くて、茶色く染めた髪を後ろでひとつにまとめている。
「こんにちは。――桑原さんは奥ですか?」
 聞くと来崎さんはうなずいた。
 桑原さんと言うのはここの店長で、モデルみたいに背が高く美人な人だ。ただ、少々変わった人でもある。どこが、と聞かれると答えに窮するのだが、何となくそんな雰囲気なのだ。

   ――――――バンッ

 いきなり、店の奥に続くドアがものすごい勢いで開いた。
 桑原さんがそこから出てきて、なにやら鋭い目つきで店内を見回す。そして、その視線を私のところで止め、じっと何かを見透かす様に見る。私が思わず目を逸らしそうになった時、彼女は口を開いた。
「……小夜、ろくでもない奴に眼を付けられたな?」
 その言葉は、疑問形をしていたものの口調は断定的だった。


「あの……ろくでもない奴とは?」
 私が訊くと、桑原さんは何を解りきった事を言うのか、と言う風にきっぱりと答えた。
「市松人形みたいな子供の姿をした奴だよ」
 ……あの女の子の事だ。それはすぐに見当がついた。けれど何故、それを桑原さんが知っているのだろうか。しかも、それが私と関わりあっている事なんて、誰にも分からないはずである。私はあの女の子を見た事を誰にも言っていないのだから。
 そして、誰かに言うつもりも、無い。
「そんな子供知りませんよ」
 そう言ってみたが、桑原さんはそれを否定した。
「いや、知っている筈だ。会った事も有るだろう?」
 まるで私の記憶を覗いたように桑原さんは言うが、何を根拠にそんな事が言えるのだろうか。
 そんな私達を見比べて、来崎さんは怪訝そうな顔をしていたが、やがて何かを納得したような表情に変わり、桑原さんに言った。
「そんな風に言っても訳が解らないと思いますよ、アンジュさん。小夜ちゃんには何も言っていない筈ですから」
「そうだな。だが小夜には解ると思うね。説明が無くとも平気だろう。それに詳しく話すのは面倒だ」
 私には、その2人の会話の意味が全くと言っていい程、解らなかった。けれど、何故桑原さんがあの女の子の事を言い出したのかは判った。
 おそらく彼女には見えたのだ。いや見えたと言うよりは、感じたと言う方が正しいのかもしれない。桑原さんが奥の部屋から出て来た時には、すでに姿を消していたのだから。――あの妖しい笑みを浮かべた女の子は。
 あの女の子は、私が見てから後、度々現れていたのだ。まだ、あれから数時間もたっていないのにも関わらず。他の人には姿が見えていないようだったし、ただ現れるだけだったので放っておいたのだが、桑原さんにはそれが分かった。
 前々から変わった人だとは思っていたが、ここまでだとはね。きっと私は彼女を誤魔化す事は出来ないだろう、と感じた。


「――と言う訳なんです」
 誤魔化す事が出来ないのにそれをやってみる、と言うのはただの時間の浪費でしかないので、私は今日あった事を簡単に桑原さん達に話した。もちろんそれは、話さなければいけないだろう事だけを選んで言ったのだけど。
「ふうん。なら、そいつの事は何も分からないんだな?」
「はい、まぁそうです」
 私がそう答えると、桑原さんは腕を組んで思案気な顔をする。そして、しばらくしてからこう言った。
「なるべく関わらないようにしろ、と言いたいところだが、向こうの方から積極的に関わってこようとしているのだからそれは難しいだろうな。……とりあえずは、無視しておくのが一番だろう。下手に手出しをするな」
 ……私もそう思う。ただし、相手があの女の子で無い場合は、だ。
「ねぇアンジュさん」来崎さんが桑原さんに訊ねた。「小夜ちゃんの見た女の子って、幽霊じゃないモノ、じゃないですか?」
「何でそう思うんだ?」桑原さんは聞き返す。
「だって幽霊なんだったら少しおかしいじゃないですか。幽霊って言うのはこの世に心残りなんかがあってその思いの強さで存在している訳でしょう? 小夜ちゃんの見た女の子は、そんな感じじゃなくて、むしろ妖怪とかの類に近いような気がするんですけど」
 来崎さんは、こんな他人が聞いたらどう思うか、と言うような事を大真面目に言った。もちろん聞く方の桑原さんも真剣だ。どうやら彼女達にとっては、別段不思議でもない会話のようである。――一体この人達は何者なんだろうか、と思った。
「……咲の言う通りだと私も思うが、おそらくそれは妖怪でもないぞ」
「じゃあ、何なんですか?」
「私の考えとしては、それは――」桑原さんは来崎さんの質問に答えかけたが、途中でそれを止めた。
 それは、客が入って来たからだった。


 ――結局その日、桑原さんからその続きを聞く事は無かった。
 あの女の子の正体――と言うのとは違う気もする――が少し気になりはするが、今でなくともそのうち判るような気がする。それに、幽霊であれ妖怪であれその他の何であれ、私にとってはそう大した変わりは無い。
 今一番知りたいのは、あの女の子が何者なのか――つまり "正体" ――では無く、それをどうすれば良いのか、という "方法" だ。まぁ、"正体" が判るのならそれで良いが、判らなければそれでも構わない。たとえそれが何であったとしても、それがそれである事に変わりは無く、それであったが故に私は関わる事にしたのだから、それでありさえすれば、後はどうでも良いのだ。
 ……何にせよ、そのうち判るし、判ってもどうしようもないので、私はそれについては保留して置く事にした。今の状況を正しく把握する事の方が重要だと思われるからだった。