時間の夜の夢 ≪The Dream of Time in the Night≫ ・ 1
とある街のとある所にその店はある。
店といっても、何か物を売っているわけではない。
そこで扱っているものは形のないモノ。
“時間”、だ。
この物語は、そんな不思議な店の不可解な物語である―――――
<レンナ・1>
「うーん……。なんかなぁ……この道って淋しいんだよね……」
大通りから少し離れた誰もいない道を歩きながら、思わずそう声に出してしまう。
閑静な住宅街だといえば聞こえがいいが、まわりに立っている家はなんだか古ぼけていて、それがある種の雰囲気をかもし出している。今は7月だから夜になってもすぐに暗くはならないにも関わらず、なんだか暗い気がしてならない。
ふと腕時計を見ると。7時過ぎだった。
部活動をしているのなら、こんな時間に学校から帰っていても全然おかしくないのだが、私は別に何かをしているわけじゃない。今日は、そう、たまたま図書館で本を読みふけっていたから、知らないうちに時間がたっていただけなのだ。
「あれ? こんなところに店なんてあったけ……?」
右手側に見慣れない建物があった。
独特の雰囲気のある洋風のもので、上半分は普通のガラス、下半分はすりガラスの窓からアンティークっぽい時計が並んでいるのが見える。どうやら時計屋じゃないかと私は見当をつけてみるが、いつの間にこんなトコができたのかすごく気になった。
というわけで私はその店に入ってみることにした。
「こんにちは〜〜〜……」
そーっとドアを開け、中に入ってみる。
暗くもなく明るくもない店内には時計――特に砂時計――が所狭しと棚に並んでいる。広いとはいえない店内には誰かが居るようには見えない。カウンターにも誰も居ない。その向こうに扉があるので、そこには誰か居るかもしれない。
と思ったらちょうどそのとき、その扉が開いた。
「おや。お客さんですか? いらっしゃいませ」
私と同じ、あるいは少し年下くらいの男の子が出てきた。
額に白いヘアバンドをしてドライバーグローブ(指先のない手袋)を両手にはめているニコニコとした優しそうな感じの男の子。
彼はこの店の店員なのだろうか?
「あのー、ここって時計屋さん?」
一応聞いてみる。
すると以外――というか思いもつかない答えが返ってきた。
「いいえ、違いますよ」
男の子はなんともいいがたい微妙な笑みを浮かべていった。
―――――――「ここは、時間屋です」―――――――
……時間屋? 何だろう、それは……。
「この店では“時間”を取り扱っているんですよ」落ち着いたよく通る声で男の子は話す。「いろんな人の時間を、です」
時間を扱う? 目に見えないし、手で触れもしないモノをどうするというのだろう。
「よくわからないんだけど……」
私がそう言うと、彼は苦笑した。
「うーん……。言葉どおりなんですけどね」男の子はどう説明すればいいか考えているみたいだ。「あなた、時間なんて眼に見えないものをどうやって扱うんだ、って思ってませんか?」
「思ってるよ」図星だ。ちゃんと説明してくれるだろうか、それを。「抽象的な事いわれてもわからないよ」
それを聞いて男の子はニコリと微笑む。なんだか何を考えているのか良くわからない笑い方である。
そしていきなりこんな事を聞いてくる。
「あなた、何歳ですか?」
「私の歳?」いったい何なのかと思うが、とりあえず答える。「14。中2だよ」
何でそんなことを聞くのか彼を見ると、ニッコリと笑ってまた妙なことを言った。
「そうですか……。なら、僕の方がずっと年上ですね」
……私よりずっと年上? ずっとっていったいどれくらい年上なのだろうか。同い歳、あるいは年下かと思っていたのだが……。意外すぎる。1、2歳程度年上だというなら納得できなくもないが、さっきの表現からすると、そんなレベルじゃない。少なくとも5、6は確実に上だという言い方だが……。
「何歳なの? 私よりずっと年上って……どのくらい年上なわけ?」
「まぁ……、あなたの考えているよりは、遥かに年上ですね」
彼はなんでもないことのようにそう答えたが……、信じられない。遥かに年上、ってことはもしかすると10近く、もしくは(ありえないけど)それ以上年上かもしれないって可能性がある。
でもいくらなんでもそれはありえない。
ただ単に彼が大袈裟なだけだろうか?
……ところで。
「それがどう関係してくるの? 今度は抽象的だったのを通り越して全然別のことになってるじゃない」
「それを今から元の話につなげていくんですよ。いいですか? まず僕が言いたかったのは、僕の時間は止まっている、ということです」
「……!?」
更にわからなくなった。
時間が止まっている? そんなことありえるのか?
さっきから理解できないことばかり聞いている気がする……。
そんな私の思いをまるで全部わかっているかのように微笑んで彼はまた不思議なことを言った。
「この店には砂時計がたくさんあるでしょう? ……これは、人の時間をつかさどる時計達なんですよ」
そして、彼は棚から一つの砂時計をとって私に手渡す。綺麗な群青色をした砂が入っている。
この砂時計が人の時間を……。思わずじっと眺めてしまう。
信じきっているわけではないが、なんだかその砂時計が神秘的なもののように思えてくるから不思議だ。
「――って、あれ?」
この砂時計どこかおかしい。
そう、それは……、
「この砂、ものすごくゆっくり落ちてきてるよ!?」
はっきり言って、重力を無視している。砂時計といえば、中の砂はさらさらと滑るように落ちていくものだと私は思っていたのだが、コレは違う。
普通の砂時計のように連続的じゃない。砂が一粒一粒ずつ鳥の羽くらいゆっくりと落ちていくのだ。
「それが普通なんですよ」
彼は平然として言う。
「その中に入ってるのは人の一生分の時間です。砂が全て落ちたとき、その人の一生は終わります。あんまり早く砂が落ちて行ったら、その人はすぐに一生を終えてしまうことになりますからね」
「そうか……。なるほどね」
一応、この砂時計が常識の範囲を超えている、ということはわかった。“人の時間を司る”っていうのも納得できなくもない。
私はとりあえずその砂時計を彼に返す。
「この砂の色が薄くなってきたら、その人は死が近いんです」唐突に彼は言った。「全ての砂が落ちたとき、色は真っ白になってしまうんですよ」
「真っ白に……? 言い得て妙だね。確かに白いイメージが無いことはないし。……けどなんか嫌だなぁ。死へのカウントダウンみたいで」
笑われた。といってもヤな感じの笑いじゃなかったが。
「やっぱりそう思いますか。僕も初めそう思いましたよ」
あぁ、そういう意味の笑いか。
……ところで、まぁなんとなくここが『時間屋』だっていうのもわかってきたのだが、やっぱりいまいちよくわからず。
一番わからないのがこの男の子の性格だってことはわかったけど……。
「ねぇ。もしこの砂時計をひっくり返したらどうなるの?」
「そうですね……。その人の時間が逆戻りしますよ。つまり過去へと帰るんですね。ただ、その場合、過去を変えられるわけではないので、同じことを繰り返すだけなんです。“砂時計をひっくりかえす”という出来事も変えることができないので、またその地点まで時間が進めば逆戻りしてしまいます。つまり、永遠にその時間の中に閉じ込められる、というわけですね」
「……う〜ん。嫌だね。ところで、あなたの『時間は止まってる』っていってたけど、あれはどういうことなわけ?」
私が訊くと、彼はカウンターの裏側から一つの砂時計をとりだした。
「これは僕のです」
「え?」
それは厳密に言うと砂時計じゃなかった。
「これ、砂ないよ?」
そう、彼の砂時計の中には砂がなかった。
時間を刻むことのない砂時計は意味をなさない。なら、この場合はどうなるのだろうか?
「えぇ、僕のは砂がないんです。……だから僕の時間が止まっているんですよ。進むはずの時間自体がないので……」
彼は少し寂しそうに笑った。
……どんな気持ちでそういったのだろう。私にそれを推し量ることはできない。
「なんでそうなったの? もとからじゃないでしょ?」
「確かにそうですけど……。それは秘密ですよ」
「えぇ〜〜〜っ。そんなぁ……」
軽くかわされた。まぁ、別にどうしても知っておかないといけないというわけではないし……。言わないのなら聞かないでおこう。
「それよりも、この店がどんなところなのかまだよくわかってないんじゃないですか?」
「うーん……、まだちょっとね」
「ま、簡単に言ってしまえば、僕の仕事はコレを使ってお客さんの望みをかなえるんです。この砂時計は言ってしまえば人間の時間を具現化したものですからね。これで目に見えない“時間”というものを扱っている、っていうのが理解できたでしょう?」
「一応ね」
本当に一応、だが。まぁ、わからなくもない。
「ねぇ、それって時間に関わることだけよね? やっぱお金って取る?」
「いえ、お金は取りませんよ」
……お金は取らない?
そんなの商売にならないと思うのだが。慈善事業じゃないのだから……。
そう思ったとき、彼がニッコリ笑って言った。
「でも、かわりに強い想いが必要ですね」
「強い想い……?」
「そうです。意思、でも構いませんがその人がどれだけその願いをかなえたいのかが重要なんですよ。それによって僕の使える力も左右されてきますからね」
「……わかったような、わからないような……」
何だか最後の方にまた良く解らない事を言っていたがあえて何も聞くまい。
「コレで説明は終わり?」
「そんなところですかね」
……“時間屋”、か。
店内をぐるっとと見回してみる。そこに置いてある砂時計全部が人の時間なのだと思うと、すごく不思議な感覚がする。
望み、か……。
今のところ特にない気がする。もっとたくさん時間がほしくはあるけれど、それほど強く願っているわけではない。『あればいいな』という程度のものだ。
「うーん……。叶えてほしいこととか特にないからなー。」
時計を見ると、思ったより時間がたっていた。
「悪いけど帰るよ。もう遅いし……」
私は出入り口のほうへ体を向ける。
そしてドアを開けようとしたら、彼に呼び止められた。
「……待ってください。」
「何?」
「この店は、ここを必要としている人にしか見つけられません。ここに入ってきたあなたには何かしら望みがあるはずなんです。本当に願いが無いと思っているんですか……?」
「…………」わからない。「……今日はホント遅いから……、明日また来るよ。」
私がそういうと、彼は笑って頷いた。
「わかりました。では……」
「あ、そうだ」
私はあることに思い至る。
「名前は? なんていうの?」
「遊馬渡稀、ですが……?」
「アスマ トキ、ね……」
彼は訝しげな顔をしているが、気にしない。
「私は浅見練無だよ。じゃあね」
トキ君に手を振って、私は店の外へ出る。
そして、もうこんな時間だけど大丈夫かな……、と思いつつある場所へと急いだ。