時間の夜の夢 ≪The Dream of Time in the Night≫ ・ 2
<サナ・1>
ドアの開く音がした。
私の病室に誰かが入ってきたみたいだ。
「こんばんはー」
聞きなれた声とともに私の良く知っている顔が覗く。双子の姉、練無だ。
「あれ? 練無? なんでこんなとこにいるの? 面会時間もう過ぎてるよ」
私が尋ねると、練無はちょっとおどけた風にして答えた。
「不法侵入かもね〜」
「あ、わかった」彼女があんな口調で言うときは半分嘘で半分本当だ。「吉澤先生にいれてもらったんでしょ」
練無は、「バレたか」と笑った。
それがまるでどこかのイタズラっ子の様で笑えてしまう。
……そして、ふと思う。
「……ねぇ、練無。別にいつもいつも来なくたっていいんだからね。大変なんじゃないの? 今日みたいに遅いときは構わないのに」
ずっと前からそう言いたかった。私の病気は原因不明で、どうすれば治るのか全くわからないらしい。おかげで何年も前から病院で生活しているのだ。
なのに練無はほぼ毎日私のところへ来る。
それはとてもうれしいのだけれど……。そんな私の言葉に練無は一瞬きょとんとして、意外そうな様子で返してきた。
「何で? 嫌なら私来ないよ? 紗菜が気にするコトないって」
「そうは言っても……」
言い渋る私に練無は明るい調子で言う。
「今日遅くなったのはある出来事からだしね。紗菜、聞いてくれる? ついさっきのことなんだけど――――……」
そして練無は、“時間屋”という不思議な店の話をしてくれた。
変わった砂時計に、遊馬渡稀というよくわからない人物。
……なかなか興味深い話だった。
「変わった人だね……そのトキっていう人」
「変わった人……」練無は少し考えてから言う。「だね。確かに……」
いったい何を考えてからそういったのだろう? どう考えたって変わった人なのに。
思わず笑いがこぼれる。
「あはは。でも練無も十分変わってるよ? そんな謎な店に普通に入っていくトコがさ」
「………………」
練無が黙ってしまったので、私は別の話を振る。
「ところで、練無は本当に願いないわけ?」
「うーん……、そんな強い願いはないと思うんだけどなぁ」
「でも、そこってそれがないと入れないんでしょ? だったら何かあるんじゃないの?」
そう私が言うと、彼女は困ったような呆れたような表情をした。
「そんなのあったら、すぐ思い浮かぶって。なのにわからないから困って……、あ」
どうやら何か思いついたらしい。
練無は何事かをしばらく考えた後、私に笑いかけていった。
「――もしかしたら、こんな望みでもいいのかもしれないね」
……練無はその続きを言わなかった。
「じゃ、また明日ね!」
やっぱり明日も来るつもりみたいだ。彼女はそう言って、この白い部屋から出て行った……。
<レンナ・2>
次の日。私はまた学校帰りにあの店に寄った。
昨日よりは明るい時間帯だったが、それでもそこ独自の雰囲気は変わらない。この店だけはいつ来ても変わらないんじゃないかと思ってしまう。
「ねぇ、他の人の時間についての願いって叶えられる?」
私は店に入るなりそう聞いてみた。今日はトキ君は初めから店に居たのだ。
彼は少し不思議そうな顔をして聞き返す。
「それはあなた以外の時間を、ということですか?」
「うん、そう。私がそれを強く望めば叶えられるかな?」
「そうですね……」彼は少し考える。「内容によりけり、ですかね」
内容か……。
ということは叶えられないわけじゃないのか。私にはこの望みしか思い浮かばなかったし、他に何かあるとも思えない。この店に入れた理由は、多分この願いであっているだろう。
「……あのさ、寿命を長くする、ってできる? なんていうか……生きられる時間を長くするって言うか……」
私の質問にトキ君は思案顔になる。
きっとこんなことを聞かれるのは少ないのだ、と私は思う。
「一応、できなくはないですよ。理屈だけで言うなら、砂時計の砂が落ちる時間を長くすればいいだけですからね。……ですが、」
「何かあるの?」
不自然に言葉を切った彼に尋ねる。
彼は淡々とその後を続けた。
「よっぽどのことじゃないと無理なんです。まぁ、どうやらあなたは他人のについての依頼のようですから、多少事情は変わってきますが」
「そう……。でも私の願いはまさにそれなのよね」
「つまり、ある人の生きられる時間を長くしたい、ということですか?」
「うん。そういうこと。私の妹のをね……」
なぜかトキ君は少し微笑んだ。
いや、彼はいつも笑っているのだが、そんな営業スマイルではなく……なんていうか、もっと私的な感じのする笑みだった。
「なぜですか……?」
「それは、」なんていえばいいのか……。「病気なんだよ、妹は。本人には言ってないけど、あんまり先が長くないの。」
紗菜はあと少ししか生きられない。
ここ数日安定しているみたいだけど、私にはわかる。
それは言わば、嵐の前の静けさだ。何もいわないけど、きっと紗菜も知っている。
……だから、私がこの店に来た意味はここにあるのだろう。
「……変わった人ですね、あなたも……」
「ん?」さっき、トキ君が何かいった気がしたが、よく聞き取れなかった。「今、何て言ったの?」
「いえ、なんでもないですよ」
……なんだかはぐらかされたような気がするが、まぁいいか。
「ところで私の願いは叶えられるの?」
一番問題なのはこれだ。でも、トキ君はなんでもできそうだから、全くできないことはないと思うが……。
「あなた次第ですね」
「……私次第?」
なんでだろう? 願いの強さのことを言ってるんだろうか。
「とりあえず、これをもってみてください」
トキ君はどこからか布の袋を取り出して私に差し出した。
「何コレ?」
ただの袋が見えるが……。
これを私に持たせてどうするというんだろう?
「中を見てみてください。砂が入ってると思うんですが」
「砂? ……あ、ほんとだ。でも、ほんのちょっとだけしかないけど?」
「ほんの少しだけ?」トキ君は少し呆れたような顔をした。「浅見さんって、そんなに忙しいんですか?」
「え? 確かに忙しいといえばそうなんだけど……。何でそんなことがわかるの?」
訊くと、トキ君はニッコリ笑っていった。
「その砂の量ですよ」
「砂の量? なんでそれでわかるの?」
「その袋の中の砂は、持った人の“余っている時間”を具現化したものなんですよ」
……トキ君の説明はわかりにくい気がする。というか感覚的にはわかるのだが、理解は難しいという感じだ。
「“余ってる時間”って、どういうこと?」
「今まで過ごしてきた時間の中で、暇だった時間……というと少し違うんですが、なんというか“無駄に過ごした時間”のことですね」
わからなくも無いが、やっぱりよくわからない。
まぁ、この砂は私にとって“無くてもいい時間”の様だ。きっとこの砂をあげて、他人の時間を延ばすという事なのだろう。麻の袋に入ったこの砂を。
そう私が勝手に納得している前でトキ君が何事か考えている様子なので、尋ねてみた。
「何かあるの?」
彼は淡々と答えた。
「砂がたりなさ過ぎなんですよ。生きる時間を延ばすためには、コレだと全然足りないんです」
「じゃあ……?」
「浅見さんの願いをかなえるのは難しいですね」
……そうかもしれないと少しは思ったが、考えるだけなのと実際言葉にするのとは違う。本当にそうじゃないかと思ってしまえる。言葉には魂が宿るとも言うし。
けれどそう思いたくない。
トキ君が言っていないだけで、他にも方法はあるのかもしれないのだから。
――いや、その可能性は高い。
「ねぇ、今まで私と似たようなこと頼んだ人っていなかった? 私みたいに“他人のを”でなく、"自分のを"って頼んだ人……」
「いましたよ。でもそれはどうかしましたか?」
トキ君は不思議そうに訊くが私を質問を続ける。
「それ、叶えてあげた?」
「人によりけりですね。“何のためにそれを望むのか”によって叶えるかどうか考えますから」
「そう」なら、他に方法があるのだ、きっと。「じゃあ、私の願いもかなえられるよね?」
「……どういうことですか?」
「だって、私と同じような願いを持ってた人たちには別の方法でそれを叶えてあげたんじゃないの? この袋の砂はコレを持った本人のものよね? だったら、それを砂時計に入れたとしても変わりないと思う。結局それも自分の時間なんだから」
「確かにそうですね」
「なら別の方法で叶えてあげるしかないはずだよ。私のも……かなえられると思うけど? まだ方法はあるんだから」
私がそういい終わるやいなや、トキ君は声を立てて笑った。
「浅見さんって、本当に変わった人ですね」
「……何なの?」なんだかすこし腹が立つ。「それはこっちの台詞なんだけど」
「否定はしませんけどね。……しかし、浅見さん。さっきあなたが言っていたことは、正しいのですが、間違ってもいますよ」
「は?」
意味がわからない。どういう意味なのだろうか?
これはもうわかりにくいとかいう問題でなく、わからない。
「他に方法がある、というのはあってます、正しいんですよ、それについては。しかし、それではいけません。間違いですから」
「……よくわからないんだけど」
「わからないならいいんです。……あなたにはわかりにくいだろうとは思いましたからね」
私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。なんでこうも意味のわからないことが好きなんだろうか?
……もういい。
今の妙な発言は知らないふりをしよう。
「別の方法はあるんだよね? 教えてくれないの?」
「それですが……」
トキ君はなんだか妙な表情をした。無表情のような、何かをあきらめような、微妙な表情……。
「何か、あるで私の願いを叶えたくないみたいなんだけど?」
「別にそういうわけじゃないんですけどね」彼は笑って言う。「あながち外れていもいませんよ」
「……? ちょっと、それってどっちなの?」
さっきからどっちつかずなことばかりだ。言う方からしたら矛盾してないのかもしれないけど、聞く方にはちんぷんかんぷんでしかない。トキ君は何が言いたいのだろう?
それとも何も言いたくないのだろうか。
「……浅見さんはどうしても、その願いを叶えたいと思っていますか?」
不意に彼はそういった。
……なんで今更そんなことを聞くのだろう?
「思ってるに決まってるよ。じゃなきゃわざわざあなたに言ったりはしないと思うけど?」
「いえ、あなたが願いを叶えてほしいと思っていることはよくわかっています。僕が聞きたいのは程度のことですよ。あなたの願いを叶える方法があるのだとすれば、たとえあなた自身がどうなろうともそれを望むかということを訊きたかったんです」
「私がどうなっても……?」
なんだか怖いことを言うんだな、と思う。
やっぱりトキ君は私の願いを叶えたくないのだろうか? どうもさりげなく脅されている気がしてならない。
……まぁ、そんなことで私の気は変わったりしないが。
「私はこの願いを叶えてほしいと思ってるよ。あなたが何を言いたいのかはわからないけど、私には叶えてほしい理由も気持ちも十分にあるんだから。私にできることなら何でもできるよ」
そう口にしてみると、本気で自分が紗菜のために何かしてあげたいと思っていたのがよくわかった。
中学生の自分がしてあげられることなんてたかが知れていて、とても大切な人なのに助けてあげることができない。そんなもどかしさがこの店と反応したんじゃないだろうか。
昨日トキ君が言っていた『この店は、ここを必要としている人にしか見付けられません』という言葉が頭をよぎる。
私は今ようやくその言葉の意味を納得した気がする。
「……浅見さんと似たようなことをいった人が前にもいましたよ」
トキ君がポツリと呟いた。その顔はどこか楽しそうで、けれど複雑そうだった。
まるでそんなこと聞きたくなかったけど言ってほしかった、みたいな……。
「それは誰が……」言ったのかと尋ねようとして、やめた。私が聞いても意味は無いと思ったからだ。「やっぱりいいや」
トキ君はニコリと笑う。彼得意の笑い方だ。
「浅見さんはどうしてもその願いを叶えたいと思っているんですね?」
「だからそういってるじゃない」
「なら、僕はあなたの願いを叶えたくありません」
………………え?
「あなたは知らないんですよ。それが悪いわけじゃないんですが、それを知っている僕はあなたの願いを叶えたいとは思えないんです」
「何が言いたいの?」
もういい加減にしてほしいと本気で思う。
「何をいっていいのかわからないんですよ。僕の言い方ではあなたの納得できる説明はできないし、また、しようとも思わないんです」
――――――ブチッと何かが切れる音がした。
「いったい何が言いたいの!? そんなに、そんなに私の願いを叶えたくないわけ!!?」
久しぶりに大声を出した気がする。
けれどこんなことじゃ私の気持ちは到底治まらない。……私はできることをしてあげたいと思っているだけなのに。
“知らないこと”が何なのか具体的に言いもしないのに、私にどうしろというのだろう。
「……初めは叶えたいと思いましたよ」
トキ君はそう言った。
けれどやっぱりその言葉は真意がわからなくて、私にとって意味の無いものだった。
「あっそう。じゃあ今はそう思ってないんだね。だったらそんなこと、今更言わないでくれる?」
知らず知らずのうちに言葉の響きが冷たくなってくる。
私の気持ちなんてわからないくせに、といいたかったけど止めた。
私だって彼の気持ちは何もわからないのだから。
「そうですね。すみません」
「けど、もう私の願いは叶えてくれないんでしょ?」
できれば否定してほしくて、念を押すように聞いてみたが、
「そういうことになりますね」
と、あっさり肯定されてしまった。
……それならば、私がここにいる意味は無い。
「これ以上いても仕方ないし……、帰るね。」
「…………」
トキ君は何も言わない。
私ももう何もいわない。
彼に背を向け、店の外へ出る。
私は店のドアを――――おもいっきり乱暴にしめてあげた。