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時間の夜の夢 ≪The Dream of Time in the Night≫ ・ 3


<サナ・2>

「――もうでてきてもいいですよ、紗菜さん」
 トキ君が私のいる店の奥の部屋に向かって声を投げかけた。
「練無、怒ってたね」
 私はそういいながら店内へと続くドアを開ける。
 トキ君は少し笑って答える。
「仕方ないですよ。あれぐらい言わないとあきらめてくれなさそうじゃないですか。練無さんもあなたと同様に相手のことに一生懸命になれる人みたいですからね」
 そういわれたのが少しうれしくて、……なぜかわからないけど、少し寂しくもなった。
「それにしても、よく抜け出してこれましたね。勝手に出てきたらいけないんじゃないですか?」
 トキ君がなんだか心配そうにいうものだから、私は明るく笑って返した。
「もちろん、本当はダメなんだけどね。いいんだよ。こんなことは今日で最後になるだろうし、私はどうしても練無を止めたかったから」
「あぁ、それには驚きましたよ」彼はいつもの笑顔に戻っていた。「『願いを叶えないでほしい』なんて初めてですからね」
 そう、私はそれをいいにこの店まで来たのだ。
 昨日練無は、どんな願いを思いついたのか言わなかったけれど、だいたい察しがついていた。だから、彼女が私に関する望みをもってきたのなら叶えないで、とトキ君に頼み込んだのだ。
「でも初めは、本当に練無の願いを叶えてあげるつもりだったよね?」
「えぇ、僕だって紗菜さんを助けてあげたかったんです。あなたの病気は僕のせいでもありますからね」
 ……トキ君がそんな風に思っていたなんて……思いもしなかった。
「別にトキ君のせいじゃないよ。私の行動の結果でしかないんだから。……そうそう、私また会えるだなんて全然思ってなかったんだよね。昨日練無の話を聞いて、すごくビックリしたんだ」
 私が言うと、トキ君のニッコリと笑って言う。
「僕も驚きましたよ。練無さんがあの時の少女だということはすぐ気づきましたけど、あなたもここへくるとは思ってもいませんでしたから」
 あの時の出来事は、私にとって忘れがたいものであるし、忘れたくも無いものだ。
 今でもそのときの様子をまざまざと思い出せる。
「全然変わってないのには驚いたよ。あの時はすごくお兄さんに見えたのに、今じゃ同じぐらいなんだから」
「僕は年を取りませんから。あの時はあなたは小学校3年生くらいですよね」
「うん。そのくらいだね」
 そして私は思い返す。

 あれは私たちが3年生になったばかりの頃、もう6年も前のことだった―――――




<6年前・0>

 静かな午後の昼下がり。
 彼はふと目をやった棚に、色の落ち始めている砂時計を見た。もとの砂の色は鮮やかな緑色だったであろうそれを、彼は手に取った。
「これは……本人がすぐ近くに居るみたいですね……」
 そう一人ごちた時、店のドアがものすごい勢いで開き、泣き顔の少女が飛び込んできた。
「助けてください!!!」
 少女はそういった。
「どうしたんですか?」
 彼が冷静に尋ねると、少女はせり上がってくる感情につまりながらも答える。
「そっそこで……っ、あのっ、れ、練無がっ……くるまっ……車にひかっ……ひかれてっっ」
 言っているうちにもどかしくなってきたのか、少女は彼の腕をひっぱって外にでる。
 そこにはもう一人の少女が大量の血を流して倒れていた。
「あのっ! 救急車呼んでくださいっ!!」
 少女が叫ぶが早いか、彼は急いで店内へ取って返し、119番へ電話をかけた。

 ――――――この砂時計はおそらくあの少女の……。

 彼はそう思いながら、さっきよりも確実に色が薄まってきているそれを見る。
 彼と少女は倒れている少女の傍に居た。
 このあたりは人通りが非常に少ないため、今ここにいるのは3人だけだった。
 少女は目に涙をたくさん浮かべながらも、必死に落ち着こうとしていた。今自分にできることは救急車が来るのをただ待つだけしかないのだと、ちゃんと知っているからだ。
「どうしてそんなに一生懸命になれるんですか?」
 彼が尋ねると、少女は間髪いれずに答えた。
「私の大切な人だからだよ!」
 その答えは、少女にとって揺るぎない事実だった。
 だから(かどうかはわからないが)彼は思わずこう口にしていた。
「……僕が助けてあげましょうか?」
「お兄さんが……?」
 少女は驚いて彼を見た。
「えぇ。このままだと……病院では無理でしょうね」
 彼は目を伏せて言う。
 少女にはその言葉の意味がよくわからなかったが、それでもわかることがあった。
「お兄さんは練無を助けてくれるんだね!?」
「……ただし、あなたに何かあるかもしれませんよ」
 少し後悔しながら彼は言ったが、案の定、少女はためらいもせずに答えた。
「練無が助かるんならいい! お願い!!」
 その本気の目には、もう涙の影はなかった。
「……本当にいいんですね?」
 彼の問いに、少女はコクリと頷いた。
「わかりました。では。今から僕の言うとおりにしてください。――――」


 ……それはもう、6年も昔の出来事……。




<サナ・3>

「あのあと、練無は無事助かって……、その少しくらいあとから私は調子が崩れちゃったんだよね」
 やっぱりあの時のことが原因なのかと少し思う。
 そんな私にトキ君は言った。
「たぶん、まだ幼かったあなたには負担が大きかったんでしょうね」
 そういうものなのか。時間を具現化した砂を扱うのでは、それが自分のだとはいまいちピンとこない。けれどやはりそれは自分のもので、自分自身に影響があるのだと、今ようやく理解できた気がする。
「そういえば、練無に教えた方法と、私が使った方法って違うよね? あれは何で?」
 私がさっきまで居た部屋には、この店で話している声がけっこう響くのだ。
 袋がどうとかこうとか言っていたのもしっかり聞こえていたが、私はそんなことまったく知らなかった。変わったものがあるのだなぁと感心しながら聞いていたのだけれど。
「それはですね。小さい子というのはたいてい毎日が発見で、充実しているものなんですよ。それこそ無駄な時間などないくらいに。あの時の紗菜さんたちくらいならどうかはわかりませんが、あれは一刻を争う事態だったので、不確定な方法を使う気にはなれなかったんですよ」
「ふーん……」
 なるほど、まぁ、一応わかった。
 トキ君も色々と大変なんだなぁと何とはなしに思った。
「さて、そろそろ戻るかな……」
 私はとりあえず、用事は済んだので病院に戻ることにする。
「そうですね。早く戻らないと、抜け出したのが見つかってしまうでしょう?」
「たぶんもうバレてるよ。じゃ、そういうことで」
 出入り口のドアへ歩く私に、トキ君は笑顔で言った。
「さようなら」
 私はドアに手を伸ばしかけ――――――止めた。
 まだ、ひとつ言ってないことがある。
 トキ君のほうに向き直り、

「あのさ、トキ君に言い忘れてたことがあるんだけど――――――――」



<レンナ・3>

「ちょっと紗菜! あんた今までどこに行ってたの!?」
 私は彼女の顔を見たとたん、思わずそう叫んでいた。
「練無ぁ、ここ病院なんだよ? もっと静かにしなきゃ」
 紗菜は何事もなかったかのように振舞っている。
 私がどれだけ心配したと思っているんだか……。行き先もまったくわからないし、いつになったら戻ってくるかと、やきもきしていたのだ。
「まったく。本当にどこ行ってたの? すごい心配したんだからね!」
 そういった私に、紗菜はわけのわからないことを口にした。
「……抜け出したの、練無のせいでもあるんだからね。ホントわかってないなぁ……」
「紗菜?」
 私は少し驚いた。
 そう言った紗菜の表情がなんだか嬉しそうで、久しぶりに見る、心からの笑みを浮かべていたから。

「そんな顔みたら怒るに怒れないじゃんか……」
 その呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか。
「練無、そんなトコにつ立ってないで座れば?」


 紗菜はいつものようにそこに居る――――――。






『実は、ここにきた理由がもう一つあるんだ。』

『何ですか?』

『あの時はいえなかったから。……私、いつか、ちゃんと言っておきたいって思ってたんだ。


 ―――――――――ありがとう、ってね』






 それは不可解な店の不思議な物語。



―――fin―――