白と黒のパズル ・ 3
《2 ・ 手の中のおもちゃ箱》
1
「こんにちは、キリーさん! リラ、ここに来てる?」
「えぇ、来ていますよ。……あなたはユウマ君の方ですか?」
キリーとは、ユウマたちの家の隣に住んでいる25歳の女性である。彼女は友人たちと三人で暮らしていて、ユウマたちとはかなり親しい様子だ。
「当たりだよ! キリーさん、ぼくらのこと見分けられるようになったんだね」
「そうみたいですね」キリーはユウマに微笑みかけて、その後ろの人物に目をやる。「それで、この方はどなたですか?」
「あのね、キールさんていって、今日うちに泊まるんだよ」
何故だかユウマが答える。キールは何も喋らずに、ただ軽く頭を下げただけだった。
「キリーさん、リラが居るの2階? ぼくもあがっていい?」
「どうぞ。……キール君、でしたっけ? あなたも上がってください」
「キールさん早く!」ユウマはもう階段を上がっている。
「……じゃあ、お邪魔します」彼は意外と礼儀正しく、そう言ってから家に上がった。
キールが二階に上がると、すぐ目の前の部屋にユウマが居て、「こっちだよ」と手招きをしていた。
部屋に入ると、ユウマの他に彼よりさらに年下の女の子が居た。何となくふわふわした感じの可愛らしい少女だ。
「キールさん、この子がリラだよ」ユウマはキールに紹介し、リラにも言う。「あのね、この人はキールさんって言うんだ」
「こんにちは。あたし、リラっていうの。よろしくね、キールおにいちゃん」
リラはにっこりと笑って、少女特有の高い声でキールにそう言った。
「あぁ……よろしく」
キールがそう答えたとき、キリーがジュースとお菓子を持って入ってきた。
「はい、おやつです。みんなどうぞ」
それを見たユウマはある事を思い出した。
「あ〜〜〜! キールさん、おなかすいてたんだよね!? ごめん、ぼくすっかり忘れてた!!」
「……別にいーよ、んな事。死ぬ程って訳じゃねーし。オレ、もともとそんなに食わねーしな」
「そうなの? でも、ごはんはたくさん食べないとだめだよ。キールさん、もっとおっきくなんなきゃ!」
「………………」
確かにキールは16歳の男子としては低い方で、160ちょっとしかない。だが、彼はそんな事はどうでも良いだろ、と思う。だいたい、たくさんものを食べたからと言って、背が伸びるとは限らないのだ。
「ねぇ、ユウマおにいちゃん。おにいちゃんはリラをむかえにきたの?」
リラがユウマに聞く。もう帰らないといけないと思ったのか、すこしつまらなそうな表情だ。
ユウマはそんなリラの心の内を読んだのか、にっこり笑って答える。
「違うよ。キールさんにリラを紹介に来たんだ。もう少し遊んで行きたいんでしょ? ぼくも一緒に遊んでから帰るつもりだったんだよ」
「ほんと!? よかった〜!」
リラはその答えに子供らしく無邪気に喜んで、ユウマと遊び始めた。
キールとキリーはそれを座って眺める。しばらく二人は黙っているだけだったが、不意にキリーがキールに尋ねた。
「キール君、前に……かなり前にどこかで合った事がありませんか?」
「……実はオレもそんな気がするんだけどな、全っ然思い出せねーんだ」
「そうですか。私も思い出せないんです」
キールとキリーは、お互い何時何処で会ったのか考えてみたが、二人とも、全く思い浮かばなかった。
キールはそれについて考えるのは諦め、それまで少し気になっていた事をキリーに尋ねた。
「なぁ、あいつらの家族構成ってどーなってんだ? 双子以外兄弟っぽく見えねーんだが」
「えぇ、確かにその通りですよ」キリーはユウマとリラに向けていた視線をキールの方へ移動させる。「ユウマ君とソウマ君以外は誰も血が繋がっていません。――キール君はあの家の住人全員と会いましたか?」
「いや、まだだな。会ったのはそこの二人とソウマとナクルってヤツだ」
「ならまだジェンリィとルートには会っていないんですね。……それだと少し解り難いと思うんですが、構いませんか?」
「いーぞ、別に」
……なんだかこの会話だけだとキールの方が年上の様に思えるかもしれない。しかし、実際はキリーの方が8つも年上なのである。
キールは誰に対してもタメ口だし、逆にキリーは誰に対しても丁寧語だからそう感じられるのだろう。
「ならまずは二人の説明からですね。――ジェンリィは私より少し年上の、優しいお姉さんと言う感じの方で、あの子達四人の母親代わりみたいなものなんです。ルートはジェンリィの幼馴染で、背の高い物静かな方ですね。彼はジェンリィの手伝いをしているんです。
もともとあの家にはジェンリィしか住んでいなかったんですが、ある日孤児になってしまった子を連れて来て世話をしだしたんです。それがいつの間にか四人になってしまったんですね。小さな孤児院と言えば良いんでしょうか。ルートはジェンリィが二人目の子を連れて来た頃くらいから手伝いだしたのだったと思いますよ。
そのうち全員家族みたいになってきて、仲が良くて、良いですよね、そう言うの。それで、何だか羨ましくてお隣へちょくちょく遊びに行っているうちに、いつの間にかすごく仲良くなってました。ジェンリィとは気が合うのでそれ以前にも付き合いはあったんですけどね。最近はリラちゃん達の方から遊びに来てくれるくらいで。
……なんだか話がずれてしまった気がしますが……。今の説明で解りましたか?」
「あぁ、まーな。大丈夫だ」
キールは自分で言いながら、何がどう大丈夫だと言いたいんだ、と思ったが、キリーが「それなら良いんです」としか言わなかったので、何も言わずに居た。
2
「もうそろそろ帰ったほうが良いんじゃないですか?」
キリーが窓の外を見てそう言う。もうすっかり空が赤く染まっていた。これからだんだん黒く変わっていくのだ。
「あー、ほんとだ。もう帰ろっか」
「えー? ユウマおにいちゃん、もう帰るの? リラもっと遊んでいきたいのに〜〜〜〜」
「だめだよ。もうそろそろ夕ご飯の時間でしょ? 帰ってお手伝いしなきゃ」
「う゛〜〜〜〜、わかったよう。もう遊びの時間はおわりねー」
そんな会話をしているユウマとリラを、キリーは優しげに見つめていた。
……そんな三人を、キールはただ何となく眺めていた。自分はあの輪の中には入れないんだろうな、と思いながら……。
「じゃ、帰ろう、キールさん!」
ユウマはすでに階段へいっていて、キールを呼んだ。リラはユウマに手を引かれてその横に居る。
「あぁ、わかったよ」
キールは立ち上がり、彼らと一緒に帰ろうとした。
と、キリーがキールに声を掛けた。
「キール君、ちょっと待ってください」
「何だ?」
キールが振り返ると、彼女は立ち上がって別の部屋へ行く。
一体何なんだ?とキールが思っていると、キリーがドアから顔を出して言う。
「ユウマ君たちは先に帰っていてくれませんか? キール君もすぐに帰しますから」
「わかった。じゃあね、キリーさん」
「じゃあねー!」
ユウマとリラの二人は、キリーに言われた通りに、キールだけ置いて先に帰っていった。
それを見届けてから、キリーはキールを手招きする。キールは少しいぶかしみながら、キリーの居る部屋へと向かった。
「キール君に二つお願いがあるのですが……」
キリーはそう切り出す。今彼らの居る部屋はキリーの部屋で、ベッドと机とタンスがあるだけの質素な部屋だった。さっきまでキール達が居た部屋とは、一番離れた所にある。この部屋の窓を開けると、すぐそこにジェンリィ達の家がある。
「お願いって……んな事急に言われても困るんだよ。それが何かわかんねーと聞きようがねぇじゃねーか」
「確かにそうですね」キリーは微笑みながら言う。「聞いてから決めてください。そんな大変な事じゃないんですよ」
キールは、とりあえずそのお願いというのが何か、聞いてみる事にするこう言う場合その選択肢しかないからだ。
「で、何なんだよ、それは」
「簡単な事ですよ。一つ目はこの手紙を出してくる事」
キリーは机の上に置いていた白い封筒を手にとる。
「すぐ近くにポストがありますから、そこに投函してくれれば良いんです。出来れば今日中に」
キールはその封筒を受け取る。一応了解した、と言う事だ。
そして、それに封がされていない事に気が付く。
「おい、これ、このままでいーのか?」
「まだ中に入れるのがあるんです。ちょっと待ってくださいね」
キリーは机の引き出しから便箋を取り出し、急いでそれに何事かを書き付ける。そしてそれを丁寧に折りたたんでキールに渡す。
キールはそれを封筒に入れ、キリーに手渡された糊で封をする。
と、その封筒の宛先を見て、怪訝な顔をする。
「これ、わざわざ出すのか?」
キリーは、その言葉にもっともだ、と言う様にうなずき、けれどこう言った。
「これはそうする必要があるんです」
キールはそれがどう言う意味なのかは解らなかったが、もうあまりに気にしない事にした。
「で、二つ目は?」
「二つ目はですね……」キリーは少し言い難そうにしている。「明日、午前九時頃にまたここへ来てもらえませんか?」
「は? 何だそれ」
キールは、彼女が何が言いたいのかが良く飲み込めずにいた。
「今日はもう遅いですから、また明日来て欲しいんです。少し、キール君と話したい事があるんですよ。そのくらいの時間なら、まだここに居るでしょう?」
キリーはキールの目を真っ直ぐ見て言う。
キールはその視線にたじろいだ。何だか解らないが、はっきりとした意思のこもった、強い視線だったのだ。
「……わかったよ。何だか良くわからねーが、あんたにとってはそれが重要な事なんだろ? なら、それっくらいのお願い、頼まれてやるよ」
キールがそう言うと、キリーは少し安心した様だった。
「ありがとう……」
――彼女は微笑んだ。
3
「キールさん、おかえりー!」
キールが玄関のチャイムを鳴らすと、双子の一方が出てきた。
――――――“おかえり”って、オレここん家の人間じゃねーんだけどな……。
キールがそう思った事に気づく訳は無く、少年はいたずらっぽい笑みを浮かべて問題を出した。
「ねぇキールさん、僕がどっちだかわかる?」
「……そうだな……、ソウマの方じゃねーか?」
そう答えると、少年は一瞬驚きで目をまんまるにして、その後すぐにとても嬉しそうな笑顔になる。それは、さっきのいたずらっぽい笑みでは無く、純粋な笑みだった。
「ほんとおもしろい人だね、キールさんって。今のは当てずっぽうってわけじゃないでしょ?」
どうやら彼の答えは正解だったらしい。
「あてずっぽうだぞ。……おもしろいってどういう意味だよ」
キールはそう言ったが、ソウマはにっこり笑うだけで何も言わなかった。
「ソウマー! 何やってんの、早く手伝ってよね」ナクルが廊下の奥の部屋から顔を出す。「あ、ええと、キールだったっけ、あなたも手伝って」
「あっ、今行くよ!」
ソウマはそちらへ駆け足で行き、キールはその後を歩いてついていった。
部屋に入ると、そこにはたくさんの本があった。絵本から何やら難しそうな専門書まで幅広くあり、それが天井まである本棚にぎっしりとつまっている。一部本棚に入りきらず、床にそのまま積んであるものもあった。まるで小さな図書室と言った感じだ。
「何をどうすれば良いんだ?」
キールが尋ねると、
「ここにある本を種類別に整頓するの、これとその本棚は終わってるから、残りの棚を手伝って」
ナクルは半ばうんざりしたように、そう答えた。
それもそうだろう、彼女が終わったと指さしたのは、全体の五分の一程度しかなかった。いくら残りを手伝うと言っても、まだかなり時間がかかるに違い無い。
――――――なんで、んなこと、いきなりやりだすんだよ?
キールはそう思ったが、他人である自分が口を挟む事じゃないだろうと判断し、とりあえず言われた通り本の整頓にかかる。
「専門書とか難しそうなのは奥の棚、子供向けの本はこっち、その他はあの棚の方へやって。わからなかったら私に聞いてくれればいいから」
てきぱきとナクルが指示をだし、ソウマとキールは言われた通りに本を移動させる。
と、そうしているうちに、すぐ一時間くらいが過ぎた。
「ばんごはんよー」
リラが彼らを呼びに来た。夕食の準備ができたらしい。3人は作業を中止して、ダイニングへ行った。
中に入ると、すでに他の人は席についていた。キールはそこに居る初対面の2人の男女がジェンリィとルートだろうと予測をつけた。
彼がイスに座ると、髪の長い優しそうな顔立ちをした女性が口を開く。
「こんばんは。あなたはキール君と言うのよね? 私はジェンリィよ」そして隣の男を示して、「彼はルート。私の幼馴染みなの」
「こんばんは」
男――ルートはキールに軽く会釈する。キールもそれを返す。
そして夕食となり、「いただきます」と言うが早いか双子はすでに料理をパクついている。リラはマイペースに、それ以外の4人は適度に会話をしながら食事をしている。
「ねぇキール君、誰かに連絡とかしなくてもいいの?」ジェンリィがキールに尋ねた。「心配してるんじゃないかしら」
「別にいいよ。連絡しなきゃいけないような奴なんていねーし」
「じゃあ一人暮らし?どうやって生活してるの?」
今度はナクルが質問した。
「オレは……いわゆる何でも屋みたいな事をやってんだよ」
「へぇ……何でも屋ね……。なら、こっちの方には仕事できたのかい?」
これはルートの言葉だ。それに対してキールは、
「あぁ……まぁそんなとこだな」とお茶を濁したように答えた。
――――――多分そうだと思うんだがな。
2日分の記憶がないおかげで、何故ここに来ているのか彼には全くわからなかった。だから今回もし何かの依頼でここに来たのだとしても、それが何だったのかも忘れてしまっている事になる。それは少しまずいのではないのかと思われるが、キールは全く気にしていないようだった。記憶に無いのだから仕方がない、という事だろう。
とまぁそんな感じに、和やかな雰囲気で食事は終わった。
その後、キールはジェンリィを手伝って食器等の後片付けをし、ナクルとソウマは、キールの代わりにルートをつれてまた本の整頓へ、後は順番に風呂に入ったりした。
「……キール君て、手際がいいのね。おかげで早く片付いたわ」
ジェンリィが感心したように言った。キールはそう言われ、少し困った様子で、
「そうか? んなことねーと思うぞ」
と呟いた。
そんな彼に、ジェンリィは『そんなことないわよ』と言うように、にっこりと微笑みかけた。
4
キールは何もする事がなくなったので、“図書室”へ行ってみる事にした。整理が終わっていないのなら、また手伝おうかと考えたのだ。
けれど、部屋をのぞくとほとんど終わりかけていたので、これ以上人数が増えると余計にやりづらいだろうと判断し、もう寝てしまう事に決めた。
部屋は先に教えてもらっていたので――というか、今朝居た部屋なのだが――迷う事なく、そこへ行く。
そして、ドアを開け中に入る。ベッドに腰掛けると、なんだか眠気が襲ってきた。
――――――オレ、今日は昼まで寝てた気がするんだがな……。
そんなキールの考えとは関係なく、ものすごく眠くなる。何だか疲れがいっぺんに出てきたようだった。
……どうせ眠る事にしたのだから、と彼は考え、そのままベッドにもぐりこんだ。
目を瞑ると、キールはすぐに眠ってしまった。それは別に疲れているからと言う訳ではなく、単に彼はすぐ眠ってしまえる体質だからだった。